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広島高等裁判所 昭和23年(ネ)28号 判決

控訴人

上田直市 外一名

被控訴人

広島県農地委員会

主文

本件控訴はいずれも之を棄却する。

控訴費用は控訴人等の負担とする。

控訴の趣旨

原判決を取消す被控訴人は別紙第一及び第二目録記載の各土地について控訴人等に対し宇津戸村農地委員会の定めた第二次農地買收計画決定の取消を為すべし訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。

事実

控訴人等が原判決摘示(一)の主張について第一次買收計画に対して異議の申立をしたのは昭和二十二年三月二十四日である。自作農創設特別措置法(以下自農法と略称する)第七條第二項の規定は法令によらなければその権限なり権能を侵害することができないとの憲法第二十九條の私有財産権の保障の規定の精神から設けられたものと解すべきで異議の申立があつた場合は必ず法定の期間内にその異議の当否を審理し裁定しなければならないと解すべきであるのに、被控訴人はその裁決に於て右規定は農地委員会の行政上の事務取扱の便宜のために設けられたもので、異議に対する裁定をするかどうかも自由であるとしたのは明かに右規定の解釈を誤りひいては憲法第二十九條なり国民の個人の権利を保障する憲法第十三條に反するものであるが第一次買收計画に対する異議につき何等決定せずして、同一物件につき再度買收計画を立てることは私有財産権を侵害するものであつて憲法違反である。原判決事実摘示(三)の異議申立権がとあるのを異議の申立の根拠がと訂正すると補充した外原判決事実摘示と同一であるのでここに之を引用する。

(立証省略)

理由

宇津戸村農地委員会が昭和二十二年三月頃控訴人等所有の別紙第一及び第二目録の各土地について自農法第三條第一項第一号の不在地主の小作地として、買收計画をたてたのに対し控訴人等が同年三月二十四日異議の申立をしたところ右農地委員会は右異議に対して、何等の正式の決定をしないで買收計画から前記各土地を除外したが其の後同年四月二十八日再び前同樣の理由で買收計画をたてたことそこで控訴人等から同年五月七日異議の申立をしたところ右委員会は右異議の申立を容れなかつたので、控訴人等は同年六月四日被控訴人農地委員会に訴願したが被控訴人委員会は同年六月二十六日控訴人等主張のような理由で控訴人等の訴願は採用しない旨の裁決をしたことは被控訴人においても明かに之を爭わないところであるので自白したものと看做す。

よつて右裁決は或は宇津戸村農地委員会の買收計画に控訴人等の主張するような、違法の点があるかどうかについて順次判断する。

(一)控訴人等は異議の申立をなしたのに之に対し何等の決定をしないのは旧自農法第七條第二項同法施行規則第四條ひいては、憲法第十三條第二十九條に違反すると主張するのであつて、旧自農法第七條第一項に買收計画について異議の申立を許し所有権者に異議申立権を認めた以上市町村農地委員会が右異議の申立に対して何等の決定をしないことは控訴人等が主張するように明かに違法である。然しながら前認定のように宇津戸村農地委員会は右異議の申立があつたため、一時買收計画から本件各土地を除外したのであるから、結果においては控訴人等の異議は正当として容れられたことになるので、異議の申立に対する農地委員会の決定がなかつたことは違法であつても結局異議を述べる必要と理由とがなくなつたものと謂えるから訴訟によつて右違法を主張してその当否の判断を受ける利益がなくなつたものと解すべくその点において控訴人等の主張は理由ないものと謂はなければならない。控訴人等は旧自農法第七條第二項に違反しひいては、憲法第十三條第二十九條に違反すると主張するけれども旧自農法第七條第二項の規定に違反して何等の決定をなさず又は右期間後に決定したとすればその違法であることは前段説明のとおりであるが、自農法第七條の規定は買收計画に定められた農地の所有権者の保護のために設けられたものでありその規定は控訴人等の主張するように憲法第二十九條に規定された私有財産権の保障の規定にその根拠を置くものであることは、肯定できるけれども右異議の申立に対し何等の決定をしなかつたこと又は期間後に決定したことの違法が直に右憲法の各規定に違反するとの論拠は右憲法の各規定の趣旨から考えても、引き出されるものではなく、本件においては前述のような点での判断が先決的にできるので右主張は本件については適切ではなくその当否を判断するまでもないものと解する。

(二)控訴人等は異議の申立があつて一度除外したものを再び買收計画に組入れるのは、違法であり私有財産権の侵害であつて憲法違反であると主張するのであるが市町村農地委員会の定める買收計画はある意味で行政行為なり行政処分なりと解し得るのであるから裁判のように一度決定した以上法定の手続を経なければ変更し得ないものではなく自由裁量によるある程度の変更が許されるものと解すべきであるから再度買收計画に組入れる場合は控訴人等の主張するような場合丈に限定されたものと解すべきではないので、控訴人等の右主張はその点において理由ないものである。もつとも異議の申立があつたため一度買收計画から除外したものを後になつて再び買收計画に組入れるときには組入れること自体が違法であるとはいえないけれども、除外した理由及び再び組入れた理由等を明らかにした上之を為すべきであつて特に所有権者に異議の申立権を認めて居る以上行政庁の行為であるから自由裁量でありその理由は一々述べなくてもよいというものではなくその点においては被控訴人委員会及び宇津戸村農地委員会のとつた処置は妥当でないことは明かである然しながらそれを以て直に本件裁決が違法であり、本件買收計画が違法であるとは謂えないから控訴人等において実質上の点について本件裁決の違法や本件買收計画の違法の点を主張立証しない本件においては控訴人等の右主張は結局理由ないものと謂わなければならない。

(三)控訴人等は一方において一度除外して異議の申立の根拠が消滅したといいながら他方では綜合審議したといつて居るのは矛盾して居り被控訴人のいうような遣方は所有権者の有する異議申立権を無視したものであり、自農法及び憲法に違反すると主張するのであつてなるほど文字の表面のみから考えると被控訴人委員会の裁決の理由にいつて居ることは控訴人等のいうような矛盾がないとはいえないけれども、(二)において説明したように再度買收に組入れること自体が違法でない限り控訴人等において再度の買收計画に不服があれば、実質上の事実関係についてその不当の点を主張すべきであつて、徒らに前に述べた異議の申立に対する手続上の違法をのみ云々することは訴訟上から云えば主張する利益のないことに帰するものであつて、之により所有権者の有する異議申立権を無視することにはならないから控訴人等の右主張も理由ないものと謂わなければならない。

(四)控訴人等の本件各土地を他に売却したとの主張については、所有権移転の登記がなされて居ないことは控訴人等自身認めて居るところである以上被控訴人が右移転の事実を認めない限り右移転の事実を被控訴人に対抗できないと解すべきであるから控訴人等の右主張はその点において理由がない。

被控訴人委員会の如きものは民法第百七十七條の第三者に包含されず右規定は適用がないとの議論もあるけれども農地の買收は自作農創設のためにする政府の仲介による所有権の私人間の強制移転であり政府えの移転は一便法にすぎないのであるから、民法第百七十七條は農地の買收についても適用があり被控訴人は右規定の第三者に該当するものと解する。

控訴人等の農地調整法附則同法第四條等の主張は徒らに独自の見解を主張するに過ぎないもので、本件に取つては的外れであるから採用の余地ないものである。

(五)控訴人等は本件各土地の売買は農地調整法の規定の改正前の行為であるから改正法は直接に適用なくむしろ改正後においては地方長官は認可すべき義務があると主張するけれども、農地調整法附則第二項の規定の趣旨は農地調整法改正以前の契約でも登記と引渡の双方の完了していないものについては、改正法に從つて地方長官の許可を必要とするものとしたものであることは明らかでありさう解釈することは何等違法でないのであるから、本件各土地について所有権移転の登記ができていないこと前認定のとおりであるから、本件売買についても新たに地方長官の許可がなければその効力を生じないと解すべきであるから控訴人等の右主張も徒らに独自の見解を主張するに過ぎないもので採用することができない。

之を要するに控訴人等の被控訴人委員会の裁決或は宇津戸村農地委員会の買收計画が違法であるこの主張はいずれも理由なくその他に右裁決或は買收計画に対する違法の主張なり、立証のない本件にあつては控訴人等の請求はいずれも失当であるから之を排斥した原判決は正当であり本件控訴はいずれも理由ないものである。

よつて民事訴訟法第三百八十四條第一項第八十九條第九十五條を各適用して主文のとおり判決する。

(目録省略)

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